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― 作曲はいつごろから始めたのですか?
上原 6歳からです。ヤマハ音楽教室では毎週1曲ずつ作りました。曲を作ることそのものは楽しいんですが、楽譜を書くのがヘタで苦労しました。五線譜の上にじょうずにオタマジャクシが乗らなくて…。「読める楽譜が書けるようになったね」って言われたのは、中学3年になってからです。
― JOCの活動も積極的に参加していたんですね?
上原 とにかくコンサートが楽しくて。緊張したことがないんです。JOCでは特にアンサンブルの楽しさを教えてもらいました。音楽教室の発表会ではエレクトーンの大合奏などもして、みんなと演奏する一体感は忘れられない思い出です。また海外でのJOCコンサートでは、チェコとスロヴァキアが別の国になるという日に、プラハのドヴォルザーク・ホールで演奏したことは、とても貴重な体験でした。身体障害者の方のためのチャリティ・コンサートだったのですが、演奏が終わった後に、障害を持つ観客の1人の方が、私に一輪のガーベラをくださったんです。それは私の大きなパワーのもとになりました。音楽って自分からパワーを発信するだけじゃなくて、聴いてくれる人からもパワーをもらえる、言葉が通じなくても音楽で通じあえることに、とにかくすごい! と感動しました。
― プロのアーティストになろうと思ったのはいつごろですか?
上原 ステージが楽しかったから、中学の時にはミュージシャンになりたいと思っていました。人と音楽でエネルギーを交換できるなんて、こんなに素晴らしいことはないと感じていましたから。
― パワー溢れるその音楽に「天才」の呼び声も高いですね。
上原 私は本当にごくフツウの人。天才ではないです。ただ誰にでも才能はあると思います。先生方も父も母も、私を誰かと比べたことがないので、自分も人と比べません。だって、劣等感や優越感にとらわれちゃうでしょ? 人間として卑屈になっちゃうから才能がかくれてしまう。進度の速さ遅さもその子の個性。その子の可能性を伸ばしてあげるために、ほめたり、しかったりすることは必要かもしれないけれど、人と比べることは本当によくないと思うんです。
― 今まさに順風満帆という感じですが。
上原 今は音楽が一番大切。何を犠牲にしてもかまわないぐらいに。でも、まわりの人に迷惑をかけてまではしたくないですね。ピアノがなくても音楽は書ける。音楽から音楽は生まれないと思うから。だから無人島に1つだけしか持っていけないのなら、私だったら携帯電話を持っていきます。地球にたった1人の人間しかいなかったら、音楽はできないと思います。人が生きていると、いつもどこかで誰かがサポートしてくれている安心感があるから音楽ができる。だって生まれてきた時に笑ってくれた人がいたから、きっと死ぬ時に泣いてくれる人がいるんでしょ? だから、まわりの人を大切にして音楽をやっていきたいんです。
― これからどんなアーティストに?
上原 やりたいことはたくさん。ピアニストとしてもっと実力をつけたいし、作曲家としても大きくなりたい。歴史を感じさせる音を出したいな。でもなんと言っても、私のパワーの源はライブ。その日、その場所にいる人たちと1回限りの状況の中で音楽をする、音楽をわかちあう、そのことによろこびが沸きあがってきます。だから今、楽しくて楽しくてしょうがないんです。 |
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