― 3歳のときに妹と一緒にヤマハへ
ヤマハとの出会いは、当時の「3歳児ランド」に通ったこと、という永里さん。通い始めた理由を聞いてみると、お母さまがパッとひらめいたからだそう。「ちょうど兄が幼稚園に通い始めたころだったので、きっとどこかに放り込みたかったんでしょうね」と笑います。
そのころ唯一覚えている記憶は、お母さまが段ボールでピアノを作ってくれたこと。動物が出てきて、リスはバイオリンとか、ウサギはピアノというように、いろんな楽器を鳴らす歌(山の音楽家)がレッスンであったそうで、それにあわせて段ボールでピアノを作ってくれたそうです。「母は、スポーツができて、音楽もできる子どもになってほしかったらしくて。私や妹が生まれる前に、電子ピアノが当たる懸賞に応募したら、見事に当選。母もピアノに対する憧れがあったのかもしれません」。
― なでしこデビューしサッカーに専念
永里さんがサッカーを始めたのは、小学校1年生の時。「兄がサッカーをやりたいと言って、妹もやりたいと言い出して。私はやりたくないと言っていたんですが、結局、私も始めることになったんです」。
兄妹と比べられるので、絶対に同じことをやるのは嫌だと思っていたという永里さん。「妹とは中・高と同じチームだったので、妹が脅威で。いつも妹に抜かれないかとヒヤヒヤしていました」と語ります。
週に2~3日はサッカー、週に2日はピアノ、そして小4からは、これもお兄さんの影響で、そろばん教室にも通いました。「そろばん教室は、家の目の前だったので、6年生まで3年間通いました」と永里さん。運動・芸術・勉強と、なかなか多忙だった小学生時代。練習不足でうまく弾けず、ピアノをやめたいと思ったことも何度もあったと言います。「先生がとても厳しくて。ある日、行きたくなくて寝たふりをして、親も見過ごしていたら、ピアノの先生から電話がかかってきて、母が怒られたんです。親が真剣にならないで、子どもが真剣になると思う?と」。
厳しいながらも、とても愛情のある先生で、永里さんも練習を重ねるうちに、できないことができるようになるのが楽しく、どんどん難しい曲にもチャレンジしていくようになっていったそうです。
― 忙しいなか、中3までピアノを
中学生になってからは、サッカーが忙しくなってピアノのレッスンは週1回に。中学3年生の時に日本のトップチーム、なでしこリーグでデビューし、サッカーに専念することになりました。
それでも中学3年生までピアノを続け、ヤマハが認定する検定、グレードの7級も取得。「ピアノもサッカーも練習したら、練習した分だけうまくなって結果もでる。できるようになるから楽しくなる」と、自分から練習や勉強をするタイプだったため、「『勉強しなさい』と親から言われたことは、1回もない」そう。そのかわり、「やるからにはトップレベルを目指してほしい」というのがご両親の教育方針でした。
元々自身もバスケットボール選手だったお父様からは「そんなんで、トップに行けると思うのか。サッカーなんかやめちまえ!」と叱咤されることもしょっちゅうだったとか。「でも、これで本当にやめたら、もっと怒られそうだったから、『やめる』なんて、とても言えなかったですね(笑)」。

― 今でも生活のなかに音楽がある
小学校・中学校と、ピアノを習っていてよかったことは、「感性が磨かれたこと」と即答した永里さん。音楽を学んできたことは、自分を表現する力につながったといいます。また、語学の習得にも役立っているとか。「ピアノを習っていたことで、音の聞き分けができるので、海外に行って言語を覚えるのが、すごく楽なんです」。
外国語の音をちゃんと聞き分け、そのまま音に出すことができるので、ネイティブに近い発音ができるとか。「これまで、ドイツ語と英語を学んできましたが、英会話の先生に、発音と理解力、学ぶスピードが早いとほめられました」。
今でも実家に帰るとピアノを弾いたり、遠征先の海外でも、たまにホテルにピアノが置いてあると、遊びながら弾いたりすることもあるそうです。「発表会で弾いた曲など、たくさん練習した曲は、全部とはまではいかないですけれど、指が覚えているんですよね」。
朝、ストレッチをするときに自宅で音楽を流したり、「長い移動も多いので、そういうときは、小中学校のときに聞いていたSPEEDやモーニング娘。といった懐かしい曲を聴いたりもします」。
最近は、英語のカントリーミュージックやラブソングを聞くことも多いそうで、歌詞が聞き取りやすいので、英語の勉強になるんです。
ミュージカルも好きで、国内でも海外でも、時間があれば観にいったり、音楽がいつもそばにある生活を送っています。

― 目標はいらない目的があればいい!
去年、アメリカのシカゴ・レッドスターズに移籍し、新しい挑戦を始めた永里さん。
小さいころからトップに登りつめることだけを目標にし、その目標を成し遂げた後、どうすればいいか途方に暮れたこともあるそう。「悩んで、チームを転々としましたが、最近は、別に目標は無くていいと思えるようになりました。今は目的だけ。サッカーを通して自己表現をして、メッセージとして世界中に発信したい」と永里さん。「今は毎日が楽しくて、ボールを蹴るだけで幸せ。試合に出られるかどうかは、監督が選ぶこと。私は自分自身を表現することだけに集中すればいい」とも。
幼児科の保護者には、「強制せず、好きなことをやらせて、子ども自身の好奇心を育んでほしい。いろんな世界に興味を持つことで、人間の幅や出会いも広がり、人生が豊かになると思います」とメッセージを。

プロフィール
神奈川県出身。プロサッカー選手。小1よりサッカーを始め、中学でFC厚木レディースを経て日テレ・メニーナに入団。その後、日テレ・ベレーザ時代にはワールドカップに日本代表として出場、ドイツのトゥルビネ・ポツダムに移籍後も、ロンドンオリンピックに日本代表として全試合に出場。銀メダル獲得に貢献した。その後、いくつかのチーム移籍を経て、現在はアメリカNWSL、シカゴ・レッドスターズ所属。実兄の永里源気、実妹の永里亜紗乃の2人も共に、サッカー選手。
Photo:Akira Moriyasu/Text:Hana Hasegawa










