HOME
  • アンバサダーの声
  • アーティストの声
  • ぷらトモ連載OB&OGの声
  • HOME
音楽は、内気な自分の気持ちを表す手段。「音」を通じて、心を相手に届けたい ― 西村由紀江さん

西村由紀江さん インタビュー

― 8歳のときに参加したJOCで話題に

3歳から高校3年生までヤマハ音楽教室に通っていたという西村さん。「母がピアノの先生で、自宅やヤマハ音楽教室で教えていました。家にピアノがあって、生まれたときから母や生徒さんが弾いているのを聴いていたので、自然に自分も弾くものだと思っていました」と語ります。お母さまに習わず、ヤマハに通ったのは、お母さまが「自分が教えると、感情的になるから」との理由からだったとのこと。

幼児科時代は、先生がレコードをかけて、「好きな楽器で一緒に遊ぼう」と、みんなでタンバリンやトライアングル、笛などを自由に鳴らした楽しい記憶が残っているそうです。

そして8歳の時に参加したJOC*(第4回ヤマハ・ジュニア・オリジナルコンサート’75)で特別優秀賞を受賞します。当時は最年少での受賞だったことでもあり話題に。そのごほうびも兼ねて、翌年の春休みにはタイと台湾へ演奏旅行にでかけました。「『国際親善のために行くのよ』と大人に言われても、ピンときていませんでした。でも3月の寒い時期に、現地の空港に着いたら熱帯で。コンサートでは、肌の色も言葉も全然違う、未知の世界の人たちから、拍手をもらい、『音楽は世界の共通語』ということを、肌で感じました」。
*JOC=ジュニアオリジナルコンサートのこと。心に感じたことを曲にし、その曲を自ら演奏して発表するコンサートです。


― 感情の表現手段としての作曲

小学生で頭角を現しましたが、幼児科のころから、何に対しても引っ込み思案で、自信がない子だったそう。でも、5才のときにそんな自分の気持ちをピアノで表現してみたら、「あ、これだ!」と、音と気持ちがぴったり一致し、以来、曲をつくることの楽しさを知りました。「音符は丸と棒だけなので、ひらがなを書くより難しくない(笑)。日記を書くように毎日音符で曲を作っていました」。

現在の作曲活動も、心に感じたことを音楽にするのが基本になっているそうで、「うれしいとか悔しいという感情からメロディーが聞こえてくるので、例えばドラマの音楽を作るときも撮影の現場に行き、そこで感じた空気感を曲にします」。


― 大学1年生の時にCDデビュー

小学校・中学校・高校とピアノを続けてきた西村さんに、CDデビューの話が来たのは、高校2年生の終わりのとき。「人見知りで、手も小さいし、自信のないことばかりの私にとっては、曲を作ることは自分の感情を表現してくれるすごく大事なもの。それを、職業にすることは全く考えていなかった」と、当時を振り返ります。ためらう西村さんを後押ししたのは、お母さまの「やってみたら。こんなチャンスは二度とないから」という言葉でした。

高校3年生の夏に、CDデビューのためのレコーディングをしましたが、すぐにプロとして活動はせず、まずは音楽の勉強をしながら4年間考えたいと音大にも進学。東京で初めてのひとり暮らしを始めました。「慣れないことだらけで、このころが、1番つらかった」という西村さん。例えば、CD のプロモーション活動でラジオに出演し、「今度のアルバムを10秒で紹介してください」と言われ、戸惑っている間に番組が終了。マネージャーさんに怒られることもしょっちゅうだったそうで、「毎日壁にぶつかって泣きそうになりながら過ごしていました」と語ります。

また、デビューアルバムを発売したのは、1986年。当時はテクノポップやディスコサウンドと呼ばれる音楽の全盛期、「ピアノの地味な音楽っていうのが世の中に全く受け入れられてなくて、自分自身もどうすればいいのか揺れ動いていました」。


― 短期留学で自分の道を決心

大学卒業後、自分の進路を決めかねていた西村さんは、オーストリアのザルツブルクにあるモーツァルテウム音楽院という国立音楽大学の大学院に短期留学をします。この町は、『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台にもなった町で、西村さんも子どものころから、いつか絶対に行きたい、と思っていた場所。

大学院で衝撃を受けたのは、「バッハの曲ひとつを弾くときでも、イタリア人が弾くのとアラブ人が弾くのとでは例えば、速さも強さも違って個性的。みんな堂々としていて、間違えても全然動じず(笑)、音楽はこんなに自由なんだっていうことに気がつきました」と語ります。

この体験がきっかけで、帰国後は、音楽の道へ進むことを決心。その後、現在にいたるまで、音楽を軸にさまざまな活動をしてきましたが、音楽の魅力を「人とつながっていられるところです。自分がうまく弾けて楽しいというよりも、誰かに喜んでもらえたり、音楽を聴いて勇気をもらったと言われたり、相手の心に自分の音を届けることができるのがうれしい」と語ります。

また、西村さんの日々のモットーは、「音楽に対して正直になること」。格好良い曲を作ろうとかヒットをさせようと考えると、どこか不自然になってしまうそうで、「例えば料理の味付けでいうと、化学調味料を入れたり奇をてらったりしない味つけ。お吸い物のように、だしと塩だけで作られたような音楽を作りたい」とも。


― 音楽って楽しい!という気持ちを大事に

「音楽は、テクニックを磨くのも大事ですが、いかに聴いている人に、自分の心を伝えるかということが大事」という西村さん。そういう意味で、ヤマハの音楽教室は、「『間違わないように弾きなさい!』という教え方ではなく、楽しいとかうれしいとか、感覚のところから教えてもらえて、本当にありがたかったなと思います」と、当時を振り返ります。

幼児科のママたちには、「ママがまず、音楽やピアノを好きになって、一緒になって楽しんでほしい。そして、子どもにちょっとでもいいところがあったらいっぱいいっぱいほめてあげてほしい」とアドバイスを。たとえママにピアノなどの音楽経験がなくても、「『ママはこの曲好き』とか『キレイな曲ね』と言うだけでも、子どもの音楽に対する気持ちが全然変わってくると思います」。

プロフィール

作曲家、ピアニスト。桐朋学園大学入学と同時にデビュー。『101回目のプロポーズ』『子ぎつねヘレン』など、ドラマ・映画・CMの音楽を多数担当するほか、TV・ラジオの出演やエッセイの執筆も行う。年間60本を超えるコンサートや、ライフワークとして「学校コンサート」「病院コンサート」、そして被災地にピアノを届ける活動「Smile Piano 500」にも精力を注ぐ。2016年7月には、デビュー30周年記念アルバム『Beautiful Days』リリース。 http://www.nishimura-yukie.com/

Photo:Akira Moriyasu/Text:Hana Hasegawa