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ピアノに転向して、ジャズの道へ ― 桑原あいさん

桑原あいさん インタビュー

― 小4でジャズピアニストの世界に進む決心を

三人姉妹の末っ子の桑原あいさん。お姉さんたちが通っていたこともあり、4歳からヤマハ音楽教室に通うようになったのは、自然な流れだったそう。そこで出会ったのが、ユニークな指導で有名な先生でした。「小3のとき、ジャズやフュージョンの世界を私に教えてくれたのはこの先生を含めたヤマハの先生たちでした。『あいちゃんにはこういうのが向いている』って」。

その流れで、小4のエレクトーンコンクールで弾いたのがリー・リトナーというフュージョンのギタリストの『CaptainFingers』という曲。「そのベースラインがかっこよくて、『これだ!』と、この世界に入ることを決めました」。

コンクールでは、小4で金賞、小5で銀賞、小6で金賞を受賞。中学入学後は、シンガーソングライターの小椋佳さんが企画したミュージカル「アルゴミュージカル」に出演するなど、活躍を続けますが、反抗期だったこともあり、当時の先生とはぶつかることも。「先生は、かなり私には手を焼いたと思いますが、それでも、ずっと同じ目線で付き合ってくれたことに感謝しています」。

逆に、家では「練習しなさい」と言われたことはないそうで、「家では両親はただ私に寄り添ってくれました。練習が辛くて嫌になりそうな時は、レッスンの直前まで母はトランプで一緒に遊んでくれたり、私をリラックスさせてくれました」。


― 中学生のときに本格的にピアノに転向

中2の秋、本格的にジャズピアニストの道に進みたいと、ピアノに専念することを決めます。「このままエレクトーンを続けながらピアノを習っていたら、苦しくなったときに、エレクトーンに逃げそうだったので」。

でもその後、あまりのピアノの弾けなさに絶望したそうで、「ピアノが好きになるまでに11年かかりました。今でも自分のピアノの音や、鳴らし方は探している途中です」。

そして、高校は、神奈川県の洗足学園高等学校音楽科ジャズピアノ専攻に進学します。ジャズは、アドリブの要素がとても大きい音楽。ライブの音源などは、譜面がないのが当たり前なので、小4の時から、CDを聴いては、耳コピをして、アドリブを含めて譜面に起こしていたといいます。「CDをかけながら一緒に演奏するんです。すると、アドリブはこういうものだと、頭ではなく体で分かってくるんです」。

そこに高校の音楽理論の授業が、知識の後付けになったとも。「ヤマハでエレクトーンを学んだ経験が、とても役に立ちました」と桑原さん。


― 日常の中で生きてくる音楽を作りたい

高校卒業後、クラシックにも触れておきたいと、本場のドイツに渡航しショーなどに出演したのちに帰国。貯めたお金でCDを300枚自主制作し、吉祥寺の路上やライヴで手売りをしているうちに、21歳の時にメジャーデビューが決定しました。

順風満帆の人生に見えますが、その後、オフもオンもない忙しい時期が4~5年続き、まったく曲が書けなくなった時期も。それまでは、部屋を閉め切って、誰にも会わない「『非日常空間』で作曲することが正解だと信じて疑わなかった」そう。「でも、そんなに気張っていたら、人がリラックスしたいときに聴く音楽が作れるわけがないとある日、気がついて。そこで、公園で作曲したり、洗濯中にでる鼻歌を大切にしたり、料理や洗濯などの家事や、本を読んだりボーっとしたり、普通の生活を大事にするようにしたら、曲作りがまた楽しくなりました」。

また、即興でいい演奏が生まれるかどうかは、「日々の生き方の積み重ね」だとも。「今は60歳になったときに、最高のピアノが弾けるようになっていればいいと思っています」とも語ります。

ヤマハの幼児科のママたちには、「まずはほめてあげること。そして音楽はリズムも重要な要素。私も個人レッスンでは、先生とよく踊っていました(笑)。ママたちも、子どもと一緒に、ぜひ家で踊って、音楽を楽しんでください!」とアドバイスを。

プロフィール

1991年生まれ。21歳の2012年、『fromhere to there』でメジャーデビュー後、数々の賞を受賞。2013年には、第12回東京JAZZフェスティバル出演、また初の海外ツアーであるアメリカ西海岸4都市ツアーを成功させる。国内外で積極的に公演を行うほか、テレビ報道番組やJ-Waveの番組オープニングテーマ、ゲームソフト音楽を担当するなど活動は多岐にわたる。2018年8月オリジナルアルバム「To The End OfThis World」をリリース。

Photo:Akira Moriyasu/Text:Hana Hasegawa