― 小学校2年生の時に「全国大会に行く」と決意
「体験レッスンで、私がすごく楽しそうにしていたらしくて」というのがきっかけで、2歳からヤマハ音楽教室に通っていたアヤコノさん。
幼児科では、「毎回、席が入れ替わるのが楽しみだったのを覚えています」とも。
ご両親は、選択肢を広げるためにいろいろな習い事を経験させてくれたそうですが、ジュニア専門コースへ進む時に、アヤコノさんの希望で習い事はヤマハ音楽教室だけになったそう。「練習は楽しかったのですが、発表会、コンクール、JOCと常にイベント続きで。放課後は友達とも遊ばず、オーケストラのスコアをエレクトーン用に起こして、演奏の練習をして、もちろんコンクールにも出て、の繰り返しでした」。
そこまでエレクトーンに夢中になれたのは、「弾く楽しさはもちろんですが、コンクールで結果を出したい、という思いも強かったから」と語ります。「小学校2年生の時、初めてのコンクールで、大阪大会まで出場できたのですが、全国大会には進めず……。その時の落ちこんだ気持ちが自分でも衝撃で、周囲の子たちが全国大会に行くのを見て、悔しい!って」。
そして、小学4年生の時に、全国大会に進み、有言実行を果たしました。「その時に、幼児科の優しかった先生からお手紙をいただいて、とてもうれしかったのを今でも覚えています」。

― 中学校で集団生活になじめず不登校に
「音楽を極める人になりたい」と、中学校は電子オルガン科のある私立校に特待生として進学。
ところが「集団教育が苦手だというのに気がつき、すぐに学校に行けなくなってしまった」と言います。地元の公立中学へ転入しても体調が戻りませんでしたが、中学1年生の12月「全国大会までは」と頑張り出場。エレクトーンをやりきります。
その後も体調は相変わらずでしたが、音楽を聴くことだけはやめなかったそう。
中1の終わりに、サカナクションやジ・オーラル・シガレッツなどを聴くようになり、自身も「バンドをやりたい!それなら全身を使うドラムかな」と、ヤマハのドラムコースの無料体験レッスンへ。すすめられるままにギターとベースも弾いてみることになりました。「ベースを触ったのは、その日が本当に初めてで。こんなに重いのにこんなに楽器の厚さは薄いんだとか、アンプに差したらこんなに太い音が出るんだとか、一つ一つが新鮮でした」。
お母さまも、最初は「学校に行っていない子に、こんな娯楽を与えていいのだろうか」と思っていたらしいですが、「ずっとどんよりしていた私が、ベースをやるようになって、すごく輝き出したので、応援してくれるようになりました」。

― バンド卒業後にSNSに動画を投稿
そんなアヤコノさんがバンドに加入したのは中学2年生の時。見学に行った音楽専門学校のオープンキャンパスでライブをしていたバンドをSNSでフォローしていると、「ベースの人が抜け、募集中」と告知があったのがきっかけだとか。
中3の1年間はバンド活動中心の生活に。しかし、音楽性の違いなどで、高校進学と同時にバンドは卒業。そして、もともとバンド宣伝用に作ったTwitterのアカウントに、弾いてみた動画の投稿をしてみるとたちまち話題に。「知らない人がTwitterでほめてくれたり、いいねを押してくれたり。夢かと思って、本当にびっくりしました」。
その後、NHK教育テレビの音楽番組『ムジカ・ピッコリーノ』への出演が決まったり、東京2020パラリンピック開会式にも出演。活躍の場を広げています。SNSがきっかけで、「今まで出会うはずもなかった人と交友関係が広がり、この1年半で大きく人生が変わった」そう。
幼児科の保護者へは「エレクトーンもベースも、耳やリズム感などヤマハで習った基礎が、とても役に立っています。習い事は、将来の自分の人生を決めるときの選択肢になるので、見守ってあげて」とアドバイスを。

プロフィール
2004年大阪府生まれ。2歳からヤマハ音楽教室に通い、2014年ジュニアエレクトーンフェスティバル、2017年ヤマハエレクトーンコンクールでファイナリスト。2020年3月Twitterで「弾いてみた動画」を投稿し話題に。現在、NHKEテレ『ムジカ・ピッコリーノ』に出演中、FUJI ROCKFESTIVAL '21や、東京2020パラリンピック開会式にも出演。 https://x.com/ayaconno?mx=2
Photo:Akira Moriyasu/Text:Hana Hasegawa










