― うまく弾けると調子に乗るタイプ
4歳から高校3年生までヤマハに通っていたという江﨑さん。「歩けるようになったころから、おもちゃ売り場のトイピアノで遊んでいたそうで、家にヤマハ音楽教室のチラシが入っていたのがきっかけで通うことに」。
社宅育ちで、周囲には同い年の友達が多く、「周囲は一日中遊んでいるのにどうして自分は練習しなければいけないのか」と思った記憶があるそうです。
しかしレッスンでうまく弾けると「自分は誰よりも上手い」と思える変な自信もあったそうで、「努力は嫌いだけれど、成果が出たら調子にのるタイプでした」と笑います。『ぷらいまりー』のビデオ教材は大好きで、その中の『くるみ割り人形』の動画を何度も見たり、当時の教具の打楽器などでもよく遊んでいたそうです。「父がバンドをやっていたので、父のライブ映像をマネしてお菓子の箱で作ったギターを持って、妹の前でパフォーマンスをしたり。小さいころから人前に立つのが好きな子でした」とも。
小学生のときに担当だった先生が、「僕のことをいろんなものを吸収させたほうがいいタイプだと考えてくれたみたいで」とのことで、エレクトーンでラテンの曲やジャズの曲を弾かせてくれたそう。
その後の引っ越しで、教室も先生も変わり、今度はクラシックをみっちりと習うようになり、小学5年生のとき、テレビドラマ『砂の器』で流れた千住明さんのピアノ協奏曲『宿命』に感動。そこからピアノを猛練習するように。それを見ていたご両親のすすめで小学6年生のときには、地元福岡の音楽フェスにも一人で出演しました。
中学に入学してすぐのころ、お父様が買って食卓に置いてあったビル・エヴァンスのCDを聴いて「めちゃくちゃかっこいい」と感動。そこから高校3年生までは、ジャズバンドを自分で組んで毎年、音楽フェスに出演していました。「メンバーはヤマハのグループレッスンが一緒で、地元では天才ちびっこドラマーとしてテレビにも出ていた子と、コントラバスをやっている先輩」。
さらにグループレッスンでも、一緒にレッスンを受けていた3人中2人がジャズを始めたので、もう1人はベースを始め、発表会でも、ジャズなど自由度が高い音楽を演奏していたそう。

― エンジニア志望から音楽の道へ
しかし音楽一筋ではなく中学受験も経験。幼少期は「絶対ロボットエンジニアになる」との夢があったり、中高時代は工学部進学も考えていたという江﨑さん。ただ、高校2年生ぐらいから、授業中も音楽のことばかり考え勉強に集中できないことに気づき、「自分の目指す道は音楽ではないか」と東京藝術大学を受験することに。「幼稚園、小中高とヤマハとそこで出会った友人の中で積み上げてきたものがあり、自分は音楽が大好きだからという謎の自信がありました」。
東京藝術大学に入学すると、「すごい天才がいる。自分が音楽家になる必要がない」と早々に挫折。メジャーレーベルでインターンをしたり、早稲田大学のモダンジャズ研究会に顔を出したりしているうちに、再び音楽を楽しむようになり、大学3年時にソウル・バンド「WONK」を結成、フェスに出演するなど音楽活動を再開します。
その後、東京大学大学院に進学し、1年生の時に出したアルバムが話題になり、音楽活動に専念するように。

― 幼児期の音楽体験が人間形成につながる
大学院で幼児の音楽表現についての研究をしていた江﨑さん。「僕が大学院で研究した、幼児の原体験、楽しい記憶は大人になってもかなり生きてくるということが、ヤマハのカリキュラムとリンクしていると今は感じています」と語ります。
グループレッスンは、「競争し合うところもありますが、アンサンブルは、どんなに挫折をしても仲間と乗り越えられる貴重な経験」とも。「人間の成長には何かしらを続けることが必要ですが、その中で、音楽はかなり楽しい学習の領域だと思います」。

プロフィール
1992年福岡県生まれ。東京藝術大学在学中にバンドWONKを結成。東京大学大学院在学中にはKing Gnuのサポートミュージシャンとして活躍し、NHK紅白歌合戦などにも出場。2019年よりmillenniumparadeにも参加。映画音楽を手がけるほか、音楽レーベルの主宰、芸術教育への参加など、さまざまな領域で活動を続けている。2022年『フォーブス』誌の「30 UNDER30」に選出。5月31日にファーストアルバム『はじまりの夜』をリリース。 https://ayatake.co/
Photo:Akira Moriyasu/Text:Hana Hasegawa










