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音楽の楽しさを恩師が教えてくれた ― 豪ノ山登輝さん

豪ノ山登輝さん インタビュー

― 幼少時から兄と妹と3人でヤマハへ

ヤマハには、2歳から通い始め、幼児科、ジュニア科へと進み、その後5年生までピアノの個人レッスンを習っていたという豪ノ山関。「2つ上の兄と、2つ下の妹と3人でヤマハに通っていました。母が音楽が好きで、それで習わせてくれたのだと思います」。

家にはピアノがあり、お母さまに教わった記憶もあるそう。

ヤマハでは発表会に出たり、グループレッスンが楽しかったという豪ノ山関ですが、5歳のときに相撲に出会います。「そもそも小さい頃から体が大きくて、親が体を動かすスポーツもやらせたかったみたいです。地元の寝屋川市であったわんぱく相撲に参加したのが、相撲との出会いでした」。

初めての相撲は、とても楽しかったそうで、その後、毎週土日に相撲教室が開かれていると聞いて、小学校1年生から相撲教室に通うようになります。「相撲は一瞬の勝負。その一瞬にかけて毎日稽古をします。そんな勝負の世界が好き」という豪ノ山関は、地元大阪や近畿地区でも優勝して、どんどん頭角を現します。

小学4年生から全国大会に出場し、稽古もハードに。指や腕の怪我をすることも多かったそうで、ヤマハにはギプスを巻いて行ったことも。

2歳の時から習っていた阿江先生のレッスンがとにかく楽しかったので、先生に会いたくてヤマハに通っていたところもあるそう。「演奏は全然上手ではなかった記憶があります。発表会でも『あ、やべ、俺ズレてんな』と思うこともありましたが、レッスンが楽しくて。グループのみんなとも仲が良く、行くのが嫌だと思ったことは、一度もありませんでした」と振り返ります。


― 憧れだった相撲の世界へ

小学校低学年の頃に相撲部屋で本物の力士を見て、強い憧れを抱き、「絶対力士になる」と意志を固めていたそう。しかし、大会や稽古でピアノとの両立が難しくなり小学校5年生のときにヤマハを卒業します。「親は一度始めたことは途中で辞めないという方針で、空手も長く続けていたのですが、本当に相撲がやりたいというのを理解してくれ、結果的に相撲一本になりました」。

中学校では柔道部に所属。大会に出場をするために校長先生にお願いをして、相撲部を創設してもらったそうですが、「実質部員が自分1人なので、柔道部に入って体を鍛えていました」と話します。

中学生になっても妹さんがヤマハを続けていたので「ピアノの音が家で鳴ったりすると懐かしくてたまに触って弾いたりしていました」。

時々阿江先生に会いに行ったり、今でも交流は続いているそうで、「先生との交流が心の支えになった」と話します。

高校は、埼玉県にある埼玉栄高等学校に進学し、実家を出て寮生活に。

中央大学に進学し4年生では学生選手権で個人で準優勝し、大学卒業後は境川部屋に入門。2021年3月場所で初土俵を踏みました。


― ヤマハで身についた人間関係の作り方

「発表会で大舞台に立っていたので、度胸が付いたほか、協調性やグループ活動、挨拶の基本など、ヤマハで学んできたことが、自分の基本になっていると感じています」。

さらに、「阿江先生に教えていただいた、『何事もやるからには楽しんで取り組もう』ということは、今でも自分の中での信条のひとつになっています」。

今の目標は「大関、関脇、小結の三役を目指すこと。これから上位の力士たちともどんどん当たっていくので、しっかり勝ち越したい」と語ります。

ヤマハの保護者へは「お子さんが将来音楽の道に進むかはわからなくても、ヤマハで学べることはたくさんあります。自分も、いい先生に出会えたり、生きていくための基本が身に付きました。お子さんが楽しく通えるように、ぜひ応援してあげてください」とエールをいただきました。

プロフィール

1998年大阪府生まれ。武隈部屋所属。小学校4年生~6年生まで、わんぱく相撲全国大会と全日本小学生相撲優勝大会に3年連続出場。中学では全国中学校体育大会に出場。埼玉栄高校に進学し、中央大学へ進学。1年生で全国学生相撲選手権大会ベスト32、4年生で学生選手権で個人準優勝。卒業後は境川部屋に入門。2021年3月場所で初土俵を踏む。幕下優勝1回、十両優勝1回、敢闘賞1回、現在東前頭4枚目。

Photo:Akira Moriyasu/Text:Hana Hasegawa