― 入園前の準備としてヤマハ音楽教室に
ヤマハ音楽教室には3歳から4歳半まで通っていたそう。「母は音楽経験がありませんでしたが、幼稚園に入園する前に、何か集団生活に慣れる経験をと考えて、ヤマハを選んだようです。自宅から徒歩で行けるところに教室があり、同じ幼稚園に入園する近所の友達も一緒でした」と振り返ります。
その後は、年長から中学2年生まで個人レッスンのピアノ教室に通うことになります。
当時、幼稚園では、ピアノを習うのが流行っていて「隣の家のお母さんがインターネットで検索してくれて出てきた有名な先生のところに、往復1時間かけて通っていた」そう。
そのピアノ教室は超スパルタ志向の教室で、先生もとても厳しかったそうですが、「聴覚が一番発達する3歳から4歳の時期にヤマハのレッスンで音楽の基礎や、音感、リズム感などを身につけられていたので、何とか個人のレッスンにもついていけたんだと思います」。

― お父様が内緒で応募したHKTオーディション
年2回のコンクールを目指し練習の日々を送る生活に転機が訪れたのは中学校2年生の時。
中学校卒業後、音楽系の高校を目指すか、普通の公立高校に進学するか迷っていたそう。「これまでずっとピアノに打ち込んできましたが、それを将来の生業にするほど、この世界が甘いものでないのは、コンクールの全国大会に出場するたびに痛感していました」。
そんなとき、お父様がHKT48というアイドルグループ結成のためのメンバー募集の案内を見つけ、まどかさんに内緒で応募します。
森保さん自身は「福岡に遊びに行ける!」ぐらいの軽い気持ちで臨みますが、最終審査にも合格し、1期生のメンバーに選ばれます。「コンクールで鍛えられていたので、オーディションで特別緊張することもありませんでした」と語ります。
アイドルへの道が開かれ、結果的には家族で福岡に移り住むことになり、通信制の高校にも進学。もともと母体のAKBは「普通の女の子が頑張るのを応援する」がコンセプト。「デビュー前には、たくさんの楽曲と振り付けを覚えないといけないので、メンバーとヒーヒー言いながらも、お互いに教え合ったり。それが学校生活みたいで、とても楽しかった」と話します。
HKT48時代は、毎日劇場で公演があり、「1期生だったので交代してもらえるメンバーがいなかったこともあり、記憶がないぐらい忙しかった」そう。
朝から1日中CMの撮影をして、夜は劇場で舞台に立つということも。
そんな生活を10年間続けてこられたのは、「ファンの方やみなさんの声援があったから」。
最初は突然知らないファンの人から声をかけられることに戸惑いがあったそうですが、「センターやソロ曲の担当に選ばれることを目指す中で、ファンの方々が一番の自分の味方となって無償の愛を注いでくださるのを感じ、信頼関係も築けて、とてもありがたい存在でした」と語ります。

― ヤマハは音楽だけでなく人間力を磨ける環境
小中学校時代は、「ピアノが大変でもうやめたい」という感情もあったそうですが、アイドルになって、自分の中で一番大切なものは音楽だったと再確認できたそう。「ここ数年は音楽やピアノの魅力を、ファンの方やファンのお子さんに直接伝えたい、という明確な夢ができました」とも言います。
森保さんが番組ナビゲーターを担当する『奏デンジャー』でも、「子どもたちが本当に天真爛漫に音楽に触れる姿を見て、楽しい思い出を作る手助けが出来たらいいなと思っています」と話します。「ヤマハ音楽教室には、コミュニケーションや人間として根本的に大事な部分を小さいうちから磨ける環境があります。音楽を学ぶ入口がヤマハだったことは、本当に良かったと思っています」。

プロフィール
1997年生まれ、長崎県出身、タレント、ピアニスト。2011年HKT48の1期生オーディションに合格。2020年ソロピアノアルバム『私の中の私』発売。2021年6月にHKT48を卒業後は、ピアニスト、キーボーディスト、女優、ラジオパーソナリティ、イベントMCなど幅広く活躍。ヤマハ音楽教室の番組『奏デンジャー』シーズン3よりMCに。 https://moriyasumadoka.boosty.app/
Photo:Akira Moriyasu/Text:Hana Hasegawa










