
ヤマハは1970年代初頭からアマチュアミュージシャンの登竜門としてポプコン*1(1969〜1986年)や、ライトミュージックコンテスト*2(1974〜1983年)などを開催。これらのコンテストからは中島みゆきをはじめ、日本のポピュラーミュージックシーンを代表する人材を数多く輩出してきました。また幼児から小学生を対象としたヤマハ音楽教室も1954年の開設以来広く社会に浸透し、現在では国内6000会場、42万5000名の在籍生徒を擁しています。そんな中、ヤマハポピュラーミュージックスクール(PMS)は世代を越えて音楽の楽しさをすべての人に伝えることを目指し、1986年にスタート。時に、世はバンドブーム全盛。ブルーハーツやプリンセスプリンセスなどがヒットし、イカ天、ホコ天が人気を誇った開設当初の主な会員層は、バンドに憧れる10代から20代の若者たちでした。それまでは教則本しか無かった時代、プロの講師に直接演奏の指導が受けられるヤマハポピュラーミュージックスクールは開設当初から人気を博しました。*1 第三回までは「作曲コンクール」それ以降はポプコン(ポピュラーミュージックコンテスト)に改名。
*2 1974年に開催された関西地区大会「8.8Rockday」を皮切りに全国9ブロックで開催された。
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